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「ストア派とエピクロス派における偶然性の問題~新現象学的破壊」

九鬼周造がハイデガーとの出会いによって偶然性の問題への着想をより深めたのは言うまでもない。偶然という概念の意味を追い求め、そこからさまざまな発見や破壊を行った九鬼だが、今回、同種結合といった形で必然性や偶然性を説いたストア派とエピクロス派における必然-偶然性の哲学を論じていきたいと思う。

 

 

九鬼はまず、偶然という概念を必然の否定であると捉え、アリストテレスのいったシュムべべコス・アウトマトンとテュケ・エンデコメノンを定言的偶然・仮説的偶然・離接的偶然というように偶然性を分類した。そしてこれらを定言的必然の否定として定言的偶然が、仮説的必然の否定として仮説的偶然が、離接的必然の否定として離接的偶然があるとし、またその中の仮説的偶然を理由的・目的的・因果的の三つに分け、それらには積極的と消極的の二つがあるとした。これらもまた分類する事が可能だが、それはここでは省略する。その後、必然性はアカデメイア派の懐疑主義者であるカルネアデスによって論理的必然性と因果的必然性に区別され、これはアリストテレスやストア派にも見られなかった大きな功績といってよい。ストア派の説いた同種結合とは、目的的必然と因果的必然との決定論で、エピクロス派は因果的偶然と目的的偶然とで非決定論を説いた。同種結合とは逆の、異種結合も存在し、それは因果的必然と目的的偶然、因果的偶然と目的的必然とで成り立つ。

 

ストア派もエピクロス派もヘレニズム時代(前323-前30)を代表する哲学で、それはローマ帝政期(二世紀末)にまで及ぶ。両者共、自然主義であり、自然と一致して生きる事を目標にしている点は共通するあり方であるといえる。ストア派の決定論とは、あらゆる出来事は偶然ではなく、すべて原因と結果の関係によって必然的に決定されているとしたもので、例えば、次に出るサイコロの目や占いなども、因果関係によって決定されている。また、自由な選択に基づいて行われているように思える人間の行為も、必然的に決定されているというのがストア派の考えである。ストア派にとって偶然とは、発見されていない原因につけられた名前にすぎないのである。また『エチカ』でスピノザは「事物の自然の内には、偶然的なものは何も与えられていない。すべては、神的な自然の必然性によって、一定の仕方で存在し、作用するように決定されている」とストア派同様、いや、それ以上に偶然性を否定的に捉えているといえる。またこれはストア派だけでなく、エピクロス派とも同じく、自然についてスピノザは相当な依拠があった。ストア派とは対照的に、エピクロス派はデモクリトスの原子論を踏襲し、すべての存在は、虚しい空間の中で動く原子と、その偶然的運動からできていると述べている。また偶然的運動は、神的な原因やあらゆる形態の目的論の必要性の破棄している。宇宙は全くの偶然から存在するようになったと主張し、原子は「曲がる力」を有し、初め直線で進んでいた原子が、途中で曲がり、こうして四方八方へ広がり宇宙が成立し、今もまだ広がり続けていると考えた。

 

ストア派を論じる上で欠かせないクリュシッポスは、ストア派が原因と結果の必然的繋がりに導かれた理由の一つを『運命について』で論じ、「すべての命題は真であるか偽であるかのいずれかである」という命題から決定論を導き出した。ストア派は命題を「単純」命題と「単純でない」命題に分類し、両者には各々三種の命題が含まれる。「単純」命題とは、「限定的な」種類・「定言的な」種類・「不定的な」種類の事で、定言的な命題や不定的な命題が真であるかは、それに対応する限定的な命題が真であるかという事に関係する。しかし真でも偽でもない語が存在する事を認識し、「Aは…である」という文を「もしも何かがAであれば、それは…である」という仮言命題に言い換えた。この仮言命題が「単純でない」命題の一種類目で、その他には推論的命題・選言命題がある。「定言的な」命題は必然的であり、アリストテレスのいうシュムべべコスである。仮言命題は仮説的で、条件付きであるも必然的といえる。そしてこれはアウトマトンやテュケと同じ意味である。また選言命題は「Sはpであるかqであるかのいずれかである」というもので離接的。エンデコメンと同意であるといってよい。ストア派の説明とアリストテレスの主張はこのように似通っている。異なる点といえば、ストア派が目的的必然と因果的必然との同種結合を打ち立てた点である。九鬼は、偶然性の問題を取り上げるうえで、必然性の絶対優位、偶然性の否定を行ったアリストテレスを最も重んじている。偶然性の哲学を説くのはエピクロス派という考えが主流の中、これ同様として、必然性同士の同種結合から、決定論を説いたストア派から偶然性の問題を取り上げる事も可能ではないか。そしてこれこそが、新しい現象学的破壊の発見であるといえる。

 

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